奈良時代とはどんな時代だったのか・・・
今年はご存じのとおり平城京遷都1300年である。
当時の日本は意外と現代と似ている。
非常にグローバルであった。
遣唐使を通じて最新の文化や技術を仕入れた。
当時の唐は今のアメリカのような世界で最も栄えていた大国であった。
インドや東アジアなど世界各国からいろいろな使者や留学生が集まってきた。
シルクロードを通じてトルファン盆地やペルシャなどの文化がたくさん流れ込んできた。
そうした世界中の文化とか人間を遣唐使船は大量に日本に持ち帰ってきた。
唐以外にも様々な国との交流があった。
たとえば新羅とか渤海。
皆さんは渤海という国をご存じだろうか。
渤海というのは中国東北部から朝鮮半島北部にわたる国。
当時日本は盛んに交易をしている。
渤海から何度も日本に使節を寄越した。
虎や豹の毛皮を持ってきていたらしい。
当時の日本の貴族はその毛皮が大好きだった。
渤海の商人がやってくるとその毛皮を求めて殺到した。
もしかすると奈良の貴族は虎柄のコートやマフラーをつけていたかもしれない。
当時の奈良はとてもグローバルなのであった。
また伝染病も大変流行った。
奈良時代は遣唐使船や新羅の使いから病気が入ってくる。
特に天然痘。
これは致死率が高かった。
奈良の高官の大半が死ぬということも起こった。
たとえば今の国会議員の大半が死んでしまう。
そんなことを考えてみよう。
とても恐ろしいことが起こっていたのだ。
お金で最新の治療や医療を受けられる時代ではなかったからだ。
ちなみに当時の奈良の貴族は何人くらいいたか。
位でいうと五位以上を貴族といった。
その五位以上の貴族は125人しかいなかった。
正一位 太政大臣の年収は年収6億円を超えた。
小五位は3000万円。
小六位は一挙に下がって700万円。
さらに下っ端役人になるとアルバイトをしないと生活ができなかったらしい。
つまり超格差社会なのであった。
以上
大仏開眼と遣唐使。河合敦氏のCDより。
ブラインドタッチのトレーニングでした。
by shintekiware5 | 2010-10-30 21:15 | 独り言